沈黙は、罪だよ。
例えば、JOJO広重はクズだ、バカだ、最低だ、さっさと死ねよとどこかに書き込みすることからだって、いいのだ。日頃の自分の気持ちを綴るブログだってかまわない。Twitterのつぶやきだっていいのだ。どんな思いであれ、発言すること、そこから波紋がおこったり、見た人がなにかを思うこと。そこから始まるのであって、無言のままではなにも始まらない。
例えば、電車に乗っていて、座席に座っている時にお年寄りが乗車してきた。どんなに「席を譲ろうかな」と思っていても、思っているだけでは、無視して座っている人となにもかわらない。「どうぞ!」と声を出して立ち上がること。それが相手が「いえ次で降りるのでけっこうです」と言われようが、声を出して立ったことには絶対に意味がある。君がお年寄りに席を譲ろうとしたことを見ている人たちが車内には絶対にいるから。そしてその気持ちは、その人にも伝わるから。
無言で座っていたら、どんなにやさしい気持ちを持っていても、誰にも伝わらない。
かっこわるくてもいい。ヘタクソでもいいのだ。誰かのまねごとでもかまわない。そのうちに自分の言葉に、自分の歌になるから。失敗したってかまわないから。
誰だって最初は、そんなことから始まっているのだから。
誰だって、自分の歌を歌う資格がある。権利がある。
懸命にやれば、どこかにわかってくれる人が必ずいて、そしてちゃんとその人に伝わる。それはひとりかもしれないし、10人かもしれないし、100人かもしれないし、何千人かもしれないが、数ではなく、伝えること、届けることに意味がある。
声を出して、立つこと。
最初はそれからなんだ。